1月14日

どうやって生きてたっけ〜と思う。2022年を経て忘れてしまった。朝ホームで電車を待ちながらハルカトミユキのVanillaを聴いて、同じ曲を聴いていた2021年頃の自分を思い返し、映画を観るようにいいな〜と眺めていた場所にラッキーなことに立てたというのに、と途方も無い気持ちになった。この世を見尽くしてしまったようだった。移り気な自分を再認識して恐ろしくもなった。それで、どうやって生きてたんだっけ、に戻る。空いた時間をどう過ごしていたっけ。来週末、母と母方の親戚と会うのにどこのホテルを予約したのかと聞くと結局オークラ京都らしく、毎度のことながら服がないな、と思う。zozoでいかにもそれらしい服を見ながら目が滑るので諦める。どう生きていたっけ。多分美しくなることを楽しんでいたし、焦ってもいた。退勤後、シピに夜ご飯をやりに帰ってから外に出るなら大丈夫かも、と思ってレイトショーを調べるも、こういう時に限って観たい映画がない。映画館に行くか、家で映画を観るか、寝るか、お菓子を焼くか、服や化粧品を調べるか、どこか旅行に行く計画を立てるか、そんな感じだったんだと思う。生きることに焦っていた。今の私に焦りは無いけど、人生のいろいろなことに思い描いていたような意味が無いことを知ってしまった。自分は自分が認識していたよりずっと性格が悪いことも、多分何を成し遂げることも得ることもないまま歳を重ね老いていくことも、白馬の王子様がいないことも、そもそもそれを信じて愛せるような人間ではないことも、いろんなことを分かってしまって、飽きたな、と思う。余白みたいなものがきれいになくなってしまった。余白って多分、希望と同義だった。この先のことをあんまり考えたくないのは当たり前だろうけど、何かを楽しみにするとか、何かに焦るとか、何かを夢見るような気持ちは戻らないのかもしれない。楽ではあるけど少しだけ寂しい。現実現実現実、現実を直視させられるだけの毎日に嫌気がさしている。ファンタジーがないと生きていけないのに。