1月4日

仕事始め。当たり前にやる気はないので正月を振り返る日記を書く。もはや日記と呼べるのかわからないけど思考を外に出さないと気がおかしくなりそうだ。

3が日はひたすら寝て過ごしていた。けど調べたら家事をするなとかいう説もあって、案外寝正月が正しい過ごし方なのかもしれない。シピのご飯催促が基準の生活。ご飯をやって遊んで、落ち着いてきたらケージに入れて自分も寝る。暇ができれば眠りたかったので日記も書けずである。昨日、1月3日は特に気分の落ち込みが激しかったけど、シピの世話をしていると気が紛れる。18時頃になんとか己を奮い立たせて通勤定期を買いに外に出た。ついでに無印良品でマグネット付きフックを買ってすぐに帰る。普通、に生活している人間をもう少しも見たくないのだ。普通に家族がいて友達がいて恋人がいて、普通に平凡に楽しそうに毎日生きている、ように見える他人が憎くて憎くて仕方がない。視界に入れたくない。心がどこまでもつらくなる。外の世界があまりに怖い。早く家に帰ろう。家に帰れば私にはシピがいる。アマプラで「ワイルドキャット」を見た。シピをケージから出すと膝に乗ってきて落ち着くので、一緒にテレビ画面を見る。そのうち寝はじめて、案の定私はシピを撫でながらグズグズに泣いた。退役軍人のPTSDと自分の傷を少しも同列には置けないけれど、彼の言う思考の流れは全部すっきり入ってくるから悲しくなる。自分はオセロットを助けていて、オセロットに自分は助けられている。

シピの世話はわからないことだらけだ。ご飯の適正量もよくわからない。食事の時間の間隔もわからない。基本3-4時間おきとして、びゃあびゃあ鳴き始めてからあげるのは遅いんだろうか。ミルクは飲まない。水も飲まない。試しにケージに水の皿を置いてみたら当たり前にひっくり返したのでやめた。ハムスターみたいにケージにつけるタイプの給水機があるのかもしれない。朝のうんちは下痢気味だった。夜に寒かったのか、ご飯をもっと温めてやらないといけないのか、ストレスなのか、結局わからない。猫カビ対策の掃除が足りてないような気がする。シャンプーする度にケージのタオルを替えようと思っていたけど、毎日替えた方がいいんだろう。使い捨てってわけにもいかないから塩素系漂白剤とかいうのでつけ置き洗濯なんだろうか。そもそも塩素系漂白剤ってなんだ。家事を全くしてこなかったツケがまわってきた。ああいうのは裏の説明を読んでも大体わからないのだ。何分つけるのか?薄めるのか?キッチン用でいいのか?衣類用を買うべきなのか?残り香が猫の身体に悪そうだけど大丈夫なのか?その洗濯に使った洗面器でシピを風呂に入れて大丈夫なのか?漂白用にバケツを買うべきか?ホームセンターに行きたい。時間も気力もない。ミルクも足りていない。ミルク飲まないのになんでミルク減ってるんだろうか。ご飯も足りていない。違う種類のご飯を買いたいけど良さげな商品を調べられてもいない。このままドライフードに切り替えてしまっていいんだろうか。フケが増えてきたからシャンプーしてやりたい。今朝ちゃんと表示を読んだら犬用だった。3ヶ月未満には使うなと書いている。医者の処方だし大丈夫なんだろうけど、もう何を基準にどう考えれば良いのかわからなくなってくる。シピは飛び回っている。ご飯をやって出勤の準備のためにケージに入れていると大声で呼ばれる。出して遊んでやると黙って楽しそうにじゃれついてくる。どうして仕事に行かなければいけないのか。そもそも仕事を辞めたいんだ私は。全部やめたいんだよ本当は。シピだけを手元に残してあとは全部捨てたいのだ。週5で人と接さず在宅でやれる仕事はないのか?高望みせず適当に結婚して主婦に収まってれば叶えられたんじゃないのか?クソほど惨めで馬鹿みたいな、この世に存在するのかもわからない理想を求めた結果いま地獄でひとり泥水を啜っている。全世界から私は馬鹿にされている。惨めな女として蔑まれ見下されている。頼むから誰も視界に入らないでほしい。通勤電車で泣き叫び暴れそうになるのを抑えると代わりに胃液がせり上がる。頭の中でシピが飛び跳ねる。シピは日に日に大きく長くなる。お尻がもちもちで愛おしい。ケージの2階を組み立ててやったら喜ぶだろうか。落ちたりして危なくないだろうか。掃除が大変になるからもうしばらく様子を見てもいいのかもしれない。ケージにぬいぐるみなんかの布製品を入れられないからなんとなく見ていて貧相だ。私の膝と手に寄りかかってグルグル言いながら眠っているのを見ると、可能な限りこうやって寝かせてやりたいと思う。私が着ていた服も漂白剤につけないと意味がないのではないかとまた疑問が浮上する。途方もなさすぎて思考を止める。申し訳程度に会社のメールチェック。取引先も大体今日まで休みなんだから連絡が来るわけもない。苛立ちが募る。早くもネイルが伸びつつある。今までのように思い立った日に施術に行けない。どんな予定を入れるにもまずシピのことを心配してご飯の時間を逆算して、必要であれば母に世話を頼まなければいけない。なるほどこうやって親たちは育児ノイローゼになるんだろう。人に頼むのだって申し訳ない、ましてネイルや美容院や友達との食事なんて理由ならもっと。そんなことないはずなのに。でもまあそうやってなんだかんだと協力して子育てしてるのが夫婦とか家族なんでしょう。クソほど苛ついてくる。今すぐこの場で吐けと言われたら吐ける。そんなもの私にはない。今後一切手にするつもりもない。シピはこの身体と精神を全て破壊してでも私が守り育て上げる。一周回って今殺されても死ねない。家に帰りたい。仕事を辞めたい。仕事を楽しいと思ったことなどただの一度もない。毎月お金が貰えて保険に入れて会社にいる人間がみんな優しくて私の言葉がすんなり通じて残業もなくて一応は学んだことを生かせて、大体は金銭に余裕のある顧客の、その生活が幸せなときに関わる仕事なのだから当たり前に急場の文句は出ない。出ないからこそ何の学びも成長も無い。どこから人生を間違えたんだと泣き喚きたくなる度にシピが小首を傾げピヨピヨと鳴く。どうしたの。お腹減ったの。遊びたいの。その生涯を美しく祝福された魂を持って過ごすこの子を手に入れるのと引き換えに、そのスペースを用意するために多くを手放したのだと思えば辻褄が合う。良いのだ。胃が焼けるように痛い。